「なぁ、リリー。頼むよ」

「いやよ」

「ちょっとで良いんだ。暫く、ジェームズの奴を引き留めといてくれ」

「い・や。大体、あなたがジェームズと離れてなにをしようっていうの?いっつも金魚のフンよろしくくっついてるじゃない」

「リリー・・・其処はもっと綺麗に、まるで本体と影のように、とか言ってくれよ」

「あら失礼。でも、しょっちゅう一緒なのは変わりないわ。で?」

「ああうん。ちょっと機嫌を取ってこなきゃならない奴が居るんだ。ジェームズが一緒だと、余計悪くするだけだし」

「へえ?ジェームズが嫌いって事は、まともな神経の持ち主なのね」

「リリー…」

困ったように眉を寄せるその顔すらも、まったくもって美々しい限り。

 

シリウスは美人だ。

 

それが終始一貫してのリリーの彼への評価である。

優秀だとか魔法力が高いとかも候補にあげて良いが、彼の性格で差し引きゼロだ。

むしろ、マイナスに振り切れる。

しかし、それを補ってあまりあるほどに、彼は美人だ。

初めて見たとき、落雷を受けたように硬直して動けなくなった。

なんだアレは。

本当に生きた人間なのか。

精霊とか妖精とか悪魔とか、むしろ狂った人形師が命を込めて作った人形なんじゃないかと思ってしまった。

天使ではない。

天使は、あんなに美しくも魅惑的でも心を鷲掴んで離さなくもない、もっと清純だ。

滴るような妖しい蠱惑をふりまいて、婉然といっそ凄惨に微笑む。

あれは魔だ。

人心惑わす化け物だ。

可愛いとはお世辞にも言えない、きつめで整った高慢そうな顔立ちを裏切らない、傲慢な性格。

自分よりも能力が劣った者を見下して、でも辛く当たったりしないのは端から見切りを付けているからだ。

どうせこいつには無理だろうと。そう諦めているのだ。

なんって嫌みな奴だろうか。

だが、本当に本当に、綺麗なのだ。

この顔で嘲けりを浮かべ、鼻で一笑されてしまえば、それがどれほど屈辱的でもその笑みに心囚われて崇拝せずには居られないほどの、美しさだ。

例えそうされたのが自分でも、親しい友人でも、おもわず跪いてしまいたいくらいには。

そういった高飛車な仕草と表情こそが、なによりも彼の秀麗さを際立たせるものだ。

だから、彼のワガママはいつだってまかり通る。

リリーは、シリウスが自分の望みが叶わないなんて、あり得ないと本気で信じている事を知っている。

知っているが、それを面と向かって否定できない。

 

なぜか。

 

それが真実だからだ。

シリウスの望みが、願いが叶わなかったことなんて、一度たりとも無いのだ。

本当に、世界は彼の望んだとおりに動く。

だから、リリーは彼が嫌いだ。

でも、嫌いになりきれない。

あの綺麗な顔で笑いかけられ、麗しい声で親しげに話しかけられてしまえば、もう駄目だ。

ほんとうに、脳みそがとろける。

その内側に詰まっているのが最悪な、極悪外道で傲慢放埒、我が儘で鼻持ちならない純血のおぼっちゃまだと分かっていても、その誘惑に逆らえないのだ。

ああ、それを知っているから、ほら、彼はこんな無茶を言ってくる。

「なぁ、リリー、いいだろ?」

退けられるなんて微塵も疑っていない、諾以外を想像すらしていない、完全なる確信に満ちた曇り一つ無い満面の笑み。

シリウスのそのにこやかな笑顔は、本日も腹立たしいまでにキラキラしく麗しい。

中身が悪辣なくせにして、どうして此処まで外見が完璧すぎるのか。

許せない。

心根がどんなに良くても、外見で泣いている世の子羊たちに無駄なその美貌を分けてやったって、罰はあたるまい。

むしろ、すばらしい善行だ。

 

嗚呼、殴りたい。

 

でも、こんな綺麗な顔に傷をつて、醜く腫れ上がらせるなんて、許されない冒涜だわ!

(それすらもきっと目視に耐えうるんでしょうけど!)

 

世界を滅ぼす誘惑者